次に目覚めた時は、暖かい布団の上だった。



さっきの様な冷たく暗い所じゃなくて、暖かい小さな部屋だ。

起き上がってきょろきょろと部屋を見渡してみる。ここはどこだろう...。

バタン!

いきなり扉が開いたので、私は心臓が飛び出そうになった。

入ってきたのはさっきの怖い男の人ではなく、白髪に赤い洋服を着たお爺さんだった。

「大丈夫かね?」

お爺さんは、布団の横の木製のイスに腰掛けながらそうたずねた。

「はい、大丈夫です。」

そわそわしながらも、私は答えた。

お爺さんはううむ...と悩む素振りをした後、こう言った。

「宜しければ、お嬢さんのお名前を教えていただけませんかね?」


「はい、私の名前はです。」



「もしかして君は日本人か?我輩の名前はシーバー・ナイル。シーバーと呼んでくれて構わない。」



「はい..日本人です...。」

シーバーさんは明らかに警戒している様子だ。無理も無い。今の自分は不審者でしかない。



「ところで。単刀直入に聞くがお主は何者かね?お主は何故このバンパイア・マウンテンに

 来ることができたのかね?」



バ..バンパイア...?

「あの..失礼ですが、バンパイアマウンテンと仰りましたか?」



「そうだ、此処はバンパイアの本拠地、バンパイアマウンテンじゃ。」



真面目にいっているのか、それとも真顔でジョークを言っているのか。

吸血鬼...?そんなもの、人間が勝手に作りあげた只の想像上の生物じゃないか。

これはブラックジョークなのだろうか。だとしてもこんな事普通言うだろうか...。


「気付いたらさっきの場所に倒れていたんです。私自身何も分からないんです。

 それと、バンパイアとは本当にいるんですか...?」



シーバーさんは驚いた表情をした。私があんまりにも無知だからビックリしたんだろうか。


「お主..本当に何も知らんのか...?」



本当にも何もバンパイアなんて知るわけないじゃない。

「ええ。起きたら真っ暗な場所にいていきなり後ろからナイフをつきつけられたのですよ?

そして気絶させられて、起きたら此処はバンパイアマウンテンだなんて普通の人間が信じられると思いますか?」



シーバーさんは黙りこくって何か考えはじめた。そしてこう言った。

「...。ここにくるまでの経緯を話してはくれないか?」



私はあの事故の事から今までのことを事細かく説明した。信じて貰えなくとも誰かにこの事を聞いて欲しかった。



シーバーさんは私の話を聞いた後さらに悩み、こう言った。

「お主は..パラレルワールドの住人かもしれん..」


パラレルワールド...?つまり異世界っていうこと...?

ありえない...事だけど、現に自分は一回死んでいる。それに、もし此処が異世界だとすると、辻褄がすべて合う。

バンパイアは信じ難いけど自分が一回死んだ事の方がどう考えても信じ難いことだろう。

「それで....私が異世界の人間だとして、私はどうなるんでしょう?」



「わからん...何せ今まで我輩自身何百年以上生きてきたが、こんなこと一度たりともない。

前例が無いのだ。」



「そうですか...」





シーバーさんは、そんな私に警戒を解いた様子で言った。

「とにかく、が危険人物ではない事を元帥に報告せねばならん。

 その為にはお主自身も立ち会わねばならん。」



大丈夫なんだろうか。その..血とか吸われたりしないんだろうか。映画みたいに。

元帥とかよくわからないけど、きっと偉いひとには変わりないだろう。

そんな心配をしているとシーバーさんが私に言った。

「なぁに。将軍や元帥もを見れば無害だという事もわかるだろう。それに我輩がついている。

 我輩が説得すれば元帥も逆らわんだろう。」


「はい...ありがとうございます。でも..バンパイアって人間の血を..あの、吸うんですよね...?

 だ..大丈夫なんですか..?」

おそるおそる私は質問してみた。



それを聞いたシーバーさんは途端に笑い出した。

「バンパイアは確かに人間の血を吸うが、少量だから人体には異常はない。」

その後も、シーバーさんはバンパイアについて色々教えてくれた。

本物のバンパイアは、伝説や映画のバンパイア像とは大きくかけ離れていた。

シーバーさん自身もバンパイアだと知った時はとてもビックリして開いた口が塞がらなかった。

でもやはり、人間離れした力や能力があるらしい。そこが人間とは大きく違うんだな、と実感した。



そして今日の夜9時頃から元帥の間で私の件について、話し合いをするらしい。



9時まであと1時間程ある...心臓が高鳴っている。私の心臓は、はたしてもつんだろうか...。








あっという間に時間は経ち、元帥の間へ行く時間になってしまった。

シーバーさんの部屋は地下にあたる場所に位置しているそうで、途中の通路は暗くてじめじめとしていた。

しかし、上の通路に上がると、その広さに驚いた。中世の広い古城のような雰囲気だ。

ただ呆然としながら、シーバーさんについていった。このバンパイアマウンテンには大勢の

バンパイアが居るらしいが、廊下では誰とも会わなかった。どうやら他の部屋や元帥の間に皆居るらしい。

段々心拍数が上がってくる。

さっきみたいに殺されかけたらどうしようとか、誰も私のような小娘のたわごとを

信用してくれないのでは、という不安が頭によぎる。

でもここは一か八かに賭けるしかない...




しばらく歩いていると、やせほそった体に濃い緑の服を着て槍を持った衛兵のような人が姿を現した。

衛兵の人は自分を見て目を見開きアジア人が珍しいのかじろじろ見ながら、シーバーさんに尋ねた。

「この者がか?」

「ああ、そうだ」

シーバーさんはさらりと答える。

衛兵の人数はさらに増え、20人程前と後ろと左右についている。まるで自分が罪人のようだ。

そして何分か上り調子で歩いていたが、何故か途中で止まった。なんでも武器になるものを持っていないか

詳しく検査するらしい。靴も駄目らしい。仕様が無いので履いていたローファーを脱いだ。


身辺検査を隅から隅までするらしいが、衛兵はかなり戸惑っていた。

自分はやはり女なのでやりにくいらしい。拒否したいところだけど..。

シーバーさんは衛兵に隅々までくまなく検査されていた。私もあんなに隅々まで検査されるのだろうか。

思わず悪寒がはしる。どうしよう。まさかスカートの中まで...?

そんなことを心配していたらシーバーさんが言った。

はバンパイアではない。当然古いしきたりに無理に従わせる必要も無い。」


衛兵も認知したのか、こくりと頷きまた元帥の間へ向かい始めた。

シーバーさんに心の中で、大きな感謝をした。助かった。

ずっと上り調子で広い通路を進んでいると

白い光を放った奇妙なドーム型の建物が見えた。その壁はまるで生き物の様に脈をうっているように見えた。

なんだこれは...。呆然と見ていると、シーバーさんは奇妙な建物の扉の前まで行った。

続いて衛兵も扉の前まで進み、止まった。

「シーバー・ナイル!!」

衛兵はそう叫ぶ。そしてこう続けた。

「入場を許可する」

その衛兵は槍で四回扉を叩き、その瞬間するりと扉が開いた。



シーバーさんに続いてゆっくりと入った。元帥の間は壁が光り輝いて眩しいくらい明るかった。

元帥の間は、自分を囲むように長いすが円形に何列も並び、どの席も人でいっぱいだった。


部屋の中央は広く、上の壇上には4つ椅子があり、その内3人元帥と思われる人が座っていた。


元帥の間に居たバンパイアは自分が思っていたバンパイア像と大きくかけ離れていた。

どの人も長身で逞しい体つきの人ばかりで皆傷跡がある。はっきりいって怖い。

アジア系の人間なんて一人もいない。場違いすぎる自分の存在がより一層注目を集めた。

元帥の間にいたバンパイアは一斉に自分を見た。全員から強い視線を体中に浴びた。

本音を言えば今すぐここから走り去って逃げたい気分だったけど、そんな事到底できる筈もない。

シーバーさんは歩き出し、自分も急いで後をついていった。歩いている途中突き刺さる視線を流しながら

平静を保つようにしていたけど足ががくがくと震えて歩くことが困難だった。




恐怖と緊張が極度に入り混じって心臓が破裂してしまうのではないかと思った。

元帥の間の真ん中の通路を通りながら必死にシーバーさんの後を歩く。どうしても足の震えが止まらない。

そんな私に気づいてか、シーバーさんはこう耳打ちした。

。我輩にまかせておれ。我輩はの味方だ。誰にも手出しなどさせはしない。」


そうだ..私にはシーバーさんがついてくれている...

一人ではない.......少し勇気が出てきた。





元帥の間は大広間同様にとても静かで視線の先には大きな椅子があり、その椅子に3人元帥らしき人が座っていた。

真ん中の人はあご髭を生やした右耳の無いシーバーさんよりもお年寄りの人だ。

右に座っているのは全身黒でかなり目つきが鋭い人だ。最後の人は日本じゃ絶対みられないような

筋肉のある大きい男の人だ。スキンヘッドでこめかみと両腕に刺青がある。見た目はかなり怖い。

3人とも顔は真剣で自分を凝視している。視線から逃れたくてたまらない。

真ん中のお年寄りの元帥が、シーバーさんに聞く。

「シーバー、この者がなのかね?」

「ええ、そうでございます閣下」

シーバーさんはしっかり前を見据えて答える。


「まだほんの子供ではないか...どうしてこのバンパイアマウンテンに来たのだ?」

全身黒の人が強く私を睨みつけて言った。

シーバーさんは簡潔に自分がここに来るまでの経緯を話した。元帥の間の空気は重く静かだ。


話を聞き終えた全身黒の人は、信じられないというような表情で言った。

「パラレルワールド..?そんなものがこの世に存在するとでも言うのか...?」

シーバーさんは言う。

「仮にこの子が異世界の人間じゃないとしても、無傷でこのバンパイアマウンテンにれる筈がない。

 その証拠にこの子の服には汚れ一つついていない。

それにこの子が嘘を言っているようにも見えぬ..。」

真ん中の元帥の人もふむふむ、と頷きながら言う。

「それもそうじゃな...ミスター・タイニー程の男ならそれも可能かもしれんし....

 確かにこんなお嬢さんが一人で、しかも無傷でバンパイアマウンテンになどこれる筈はないの..。」



そしてスキンヘッドの元帥が初めて発言をした。


「だが問題はこれからだ..?この子はよもやバンパイアでさえない。人間の娘がこの場所に住むのは

 かなりの無理があると思うが...。」




真ん中の元帥はその言葉に答える。

「ひとまずしばらくはバンパイアマウンテンにいた方が安全じゃろう。この事はわしも前例が無い

 為、わからんのだ。事の先はそれから考えればいいじゃろう。」




「お嬢ちゃん」


いきなり真ん中の元帥の人に呼ばれ思わずビクっとなった。



「名前の紹介がまだじゃったな。わしはパリス・スカイル。右にいるのはミッカー・バー・レス元帥じゃ。

 左にいるのがアロー元帥じゃ。宜しければお嬢さんの名前を改めて教えてくれんかな?」




一息ついて、私はゆっくりと静かに言う。



「私は...です。」





歯車は、ゆっくりゆっくりと...動き始める。