CAT LADY
真っ白な、空間。
ねこは、テンテンによって病院に運ばれた。
途中ねこは病院行きを戸惑っていたが、抵抗する力も無かったので、
大人しく運ばれることとなった。
ねこには過呼吸に近い症状も見られた上、精神的なショックも多大な
ものだったと判断され、様子を見るために病院に泊まることになった。
個室に運ばれて、静かに寝かされるねこ。
さっきよりは大分落ち着いてはいるが、まだ先ほどの恐怖は残っていることには
変わりなかった。
看護師さんが出て行き、テンテンとねこの2人になった。
ねこはテンテンにこう言った。
「ごめんね...本当になんて言ったらいいのか...」
申し訳なさそうに謝るねこに、
「いいんですよ、ねこさんは何も悪くないんですから!
それより、ゆっくりでいいから早く元気になって下さいね。」
そうテンテンは言った。
「ありがとう...」
ねこはこう言って弱々しく微笑む。
テンテンはそう小さく言うねこが、今にも消えてしまいそうで、
思わずねこの手を握った。
「ど、したの?..テンテン、ちゃん?」
ねこは目をパチクリさせて、少し驚いたようだ。
「テンテンでいいですよ、ねこさん。....こんなこと言うの、
無理かもしれないけど、あの、木の葉は良いところいっぱい
ある里なので....嫌いにならないで下さいね...?」
テンテンは心配そうに、だけど芯のある声で言った。
「大丈夫、木の葉の里がとっても素敵な里だってことは今も
変わらず思ってるから...嫌いになんかならないよ。」
そんなねこの答えに、テンテンはほっとした。
それから、テンテンがねこに他愛もない話をしてそばについて
いたが、少し時間がたってテンテンは面会時間の関係で戻ることになった。
戻ろうと支度をするテンテンに、ねこはこう言った。
「あの、テンテン。今日はほんとにありがとね。...それと、
良かったら...また今度、おはなししようね?」
テンテンはニコッと笑って、「ええ!是非!」と言った。
テンテンが部屋を去ると、ねこは窓の外をぼうっと見た。
お手伝いにきたはずなのに、かえってみんなに迷惑かけちゃったな...。
ほんと私って何やってるんだろう...。退院したら頑張って働こう...!
ねこは流れる雲をじっと見つめていた。
*
木の葉の上忍達がその場所についた時、思わずその光景に息を呑んだ。
血の海。
そう形容するのが、この場所には最も相応しいだろう。
砂の忍達が本気でキレてしまっているのだ。こうなってしまったのも無理はない。
砂の三兄弟がこんな状況では、バキでさえ手がつけられない。
木の葉の上忍達は必死に止めにはいった。
ようやくして、落ち着きを取り戻してきた我愛羅達。
何が起こったのか未だにわからないこの木の葉の上忍達。
血なまぐさい香り。
その場になんともいえない沈黙が流れる。
「....これは只事じゃぁ無さそうだね...一体何があったのか教えなさい。」
みたらしアンコがその沈黙を破り、バキにそう言った。
「...わかった、私が説明する。」
そうバキは答え、テマリ達にこう言った。
「テマリ、カンクロウ、我愛羅はすぐに宿に戻れ。」
「でもっ...バキッ、..」
「黙れ。お前らは少し頭を冷やせ。」
テマリは不服そうにバキに訴えようとしたが、バキによって遮られた。
バキは本気で怒っているようで、殺気交じりにテマリ達を睨む。
テマリ達はクッ、と少し悪態をついた後、宿に向かって消えていった。
リー達も上忍達に、帰るように促され、渋々ながらも承知して戻った。
バキは下忍達が戻っていったのを確認し、木の葉の上忍達に話を始めた。
話を聞き終えた上忍達は、動揺しながらもねこという女性に同情した。
普段平和な木の葉の里で、そんな事が起きたことに忍達はショックと
やりきれなさを覚えていた。
会ったことはなくとも、ねこに対しておのおの大丈夫であろうかと、
上忍達は心配をした。
この事件は、ことがことだけに表沙汰になる事はなかった。
ねこを襲った3人は一次試験で落ちたゴロツキ忍者だということも
わかった上、完全に非はその3人にあったので、特に我愛羅達に
処罰が下ることもなかった。
現に中忍試験中に忍者同士の諍いで殺生を起こすことも珍しいこと
でも無かったし、前例が無いわけでもなかった。
ただ、我愛羅達の虐殺の理由が、ある1人の女性のためだったということは、
上忍達にも驚きで、にわかに信じがたいことだった。
あの冷酷非道な砂の忍をそれほどまでにさせた、『ねこ』という女性はどんな
人なのだろうか、という噂は木の葉の上忍達の中でささやかれた。
ちなみに下忍にはこの事件は伝わらないようにされていた。
今はこれ以上トラブルを起こすべき時期ではないからだ。
知っているのは、当事者の我愛羅達とリー達だけである。
*
「猫梨さん、こちら夕食と食後のお薬です。」
そう言って優しい笑顔を浮かべた看護師さんが入ってくる。
「ありがとうございます。」
ねこはそう答えて夕食を頂くことにした。
身体の震えもだいぶ収まって、スプーンもどうにか握れる。
リゾットのようなカボチャのごはんを、そっとすくう。
ゆっくりと口に運ぶ。
その時、ねこは思いきりむせて、思わず飲み込めずに出してしまった。
看護師さんが心配そうにねこに声をかける。
「ごめんなさいっ..!大丈夫です、ちょっとむせちゃって...」
ねこは慌てて言う。
もう一度同じ動作をくり返す。ではやはり同じようになってしまう。
なんでだろう....
次第にねこは焦りと思い通りにならない不安で動揺してしまう。
看護師さんはそんなねこを見て、優しく言った。
「無理に食べなくてもいいですよ、とりあえずお薬だけ飲みましょう。」
「はい...ごめんなさい、せっかく持ってきて下さったのに...」
「いいんですよ、気にしないで下さい。」
ねこは薬を飲んだ、水は大丈夫なようだ。
飲んでしばらくすると、急に眠気が襲ってきてそのまま深い眠りに落ちた。
どうやら睡眠薬が含まれていたらしい。
看護師は死んだように眠るねこを切なそうに見つめた。
「PTSD...?」
バキは、病院の先生に思わず聞き返した。
「ええ、正確に言うとその予備軍ね。」
女の先生だ。精神医学にも精通した女医者だそうだ。
バキは、事件がひと段落してすっかり辺りが真っ暗になった頃、
ねこの状態を病院の先生に聞きにきていた。
事件直後のねこの様子や行動を質問され、バキは答える。
医者は用紙にメモをし、しばらくしてそう言ったのだった。
PTSDが何か分からないバキに向かって、医者はふぅ、と重々しい
ため息をついて、こう言った。
「PTSDっていうのはね、心的外傷後ストレス障害―――― 心に加えられた衝撃的な傷が元となり、
後に様々なストレス障害を引き起こす疾患の事よ。」
バキは驚いた顔で医者の顔を見る。
「今日の事件による急性トラウマが原因なのはわかってると思うけど。
後遺症は様々だし、今後どのように変化していくかは定かじゃないけどね。」
チラ、と用紙から目を離して顔をあげる医者。
かけているメガネの奥の目が鋭く光る。
「でも、妙なことがあるのよね。」
「妙なこととは何ですか。」
バキは問う。
「それ以前にも、様々なショックを積んでいるかんじがするのよね。
外面からじゃ判断しにくいけど...どちらかというと、以前から
ストレスや何らかの重圧はあった上で、今回の事件がさらに決め手に
なった、と私は思うのだけど。」
バキは以前、ねこが泣いていたことを思い出した。
「....心当たりはある。」
「...やっぱり。とにかく、これ以上ストレスやショックを与えないことね。
このままじゃ彼女...壊れるわよ。」
バキの目をしっかり見つめ、真剣にそう告げる。
医者の眼力は強い。獲物を捕らえて離さないような威圧感さえある。
バキはショックを受けた。いつも笑顔で挨拶をするねこの姿がチラリと頭をかすめる。
壊れる...そのことばが何を意味するかわからないバキではない。
それだけは。それだけは阻止しなければならない。
無意識の内にバキは思った。
一方。我愛羅たちはというと。
それぞれ重苦しい沈黙が流れていて、イライラしている。
病院の面会時間は過ぎているし、これ以上勝手な行動で問題を起こすことはできない。
木の葉崩しの計画にも差し支えが出てはいけないことだって3人とも
分かってはいるが、今はそんなこと二の次で、ねこの姿を見たかった。
ねこは笑ってくれるだろうか。
別々の部屋で、我愛羅、カンクロウ、テマリの3人のため息は
ほの暗い闇の中に吸い込まれて消えた。
こぼれゆくまえに、その手を
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