キャット レディ!




CAT LADY


「ごめんなさい、キクノさん。遅くなりました。」
ねこは小走りで受付に戻ってくるなり、そう言った。

「あら、平気よぉ。そんなに急いで何かあったのかい?」
キクノはいたってのんびりとした調子で、ねこに問いかける。

そんなキクノの様子にねこは内心ほっとしながら答える。

「いえ、特に何でもないんです。」
控えめに微笑むねこ。

「そうかい...よし!それじゃ、あたしもお昼食べに行くかねぇ。」

「ええ、どうぞ行ってきて下さい。今日はおいしいカレーですよ。」

「それは楽しみねぇ。それじゃあねこちゃん少しの間受付よろしくたのむわね?」

「はい、ごゆっくり〜。」
はにかみながら、小さく手を振るねこ。
キクノの姿が見えなくなると、ふぅ...と静かにため息をついた。
ねこは、キクノに本当の事を言えなかったことに対して、チクリと胸を痛めた。
でもこればかりはどうしようもなかった。

ねこはあの後、顔を洗ってすぐに仕事に戻ってきた。
幸いバキとぶつかってからは誰とも会うことなかったのが唯一の救いだった。

さっきぶつかった人に、失礼な態度とってしまったよね...
今度会った時はちゃんと謝らなきゃ。
ねこはそう思いつつ、ぼんやりあたりを見る。人かげはまばらだが、結構いる。

毎日、こうして挨拶する人や見かける人、すれ違う人の中にも...私に敵意をもつ
人が少なからずいるんだよね...。
そう考えるとやはりどうしても気が重くなり、胸がズキンと鈍く痛んでしまう。

「...でも、うじうじ悩んでいてもしかたないよね...!」
ねこはぽつり、と誰にも聞こえない程度に呟く。
周りがちゃんと認めてくれるように仕事に励もう。コツコツがんばるしかないよね。
自分なりに役に立つ方法を考えよう。

そう考えて、ねこは書類の整理などの受付事務にせっせと取り組み始めた。

「よっ!ねこ。がんばってるじゃん。」
頭上からそんな声が聞こえてきた。ねこはパッと顔を上げて花のように微笑む。

「カンクロウ!珍しいね、こんな時間に。どうしたの?」

「あ、ああ。ちょっとな。別にたいしたことじゃねーじゃん。」
何だろう...いつもと少し様子がおかしい気がする。
でもその話題には触れて欲しくなさそうなので、気にしないことにしよう。

「そうなんだ...あっカンクロウ。ごみがついてる」
ねこはイスから立ち、身を軽くのりだして受付カウンター越しにゴミをとろうとする。
カンクロウがいつも身に着けている黒の忍装束の頭部らへんに、白い糸きれのようなものがついている。
ねこはすっと白い手を伸ばし糸きれをとる。思わずねこの顔が至近距離にくる。
栗色の柔らかい髪が、静かに揺れる。長いまつげがゆっくりと瞬きをする。

カンクロウは、スローモーションのようにその光景をぼーっと見ていたが、
ハッと我を取り戻すと真っ赤になった。
カンクロウは女にまったく免疫が無いことはないが、姉のテマリ以外で
こんなに至近距離に近づいてきた女性はいない。力があるとはいえまだ少年。
自分より年上の、しかもねこのような女性が至近距離にきて、
ドギマギしないわけがなかった。

それと同時に、自分が忍であるにもかかわらず、まったく警戒もせず
されるがままになってしまっていた事に対しても驚いていた。
いくらねことはいえ、あまりに今の自分は無防備で隙がありすぎた。
この場にバキ先生や姉弟がいなくて心から良かったと、カンクロウは思った。

ねこは糸くずをとると、カンクロウの顔見て顔をかしげた。

「どうしたの?もしかして具合でも悪いんじゃ...」
心配そうな顔でカンクロウに尋ねるねこ。

「だっ大丈夫じゃん!いきなりねこが近づいたからビックりしただけだ!」
カンクロウはドギマギする心臓の音を隠すように言った。
ねこは心臓に悪いじゃん!、とカンクロウは思った。

「そう...良かったぁ。」
ねこは微笑む。

「それじゃー俺はそろそろ行くじゃん、じゃあなねこ。」

「うん!ばいばい、またね!」

カンクロウが外に出て行くのを確認して、ねこはまた仕事に取りかかった。
それにしても...カンクロウもテマリ達も、ここの子は大人っぽいなぁ...。
なんだか私の方が年上なのに、あんまりそんな感じがしない。

ねこは、カンクロウに会って話をすることができて良かったと思った。
沈んだ嫌な気持ちも吹き飛んだし、一緒にいるとやっぱり楽しい。
年が近いせいもあるかも。
でも...どうして我愛羅とテマリ達は仲が良くないんだろう?
いや、良くないというよりも、我愛羅が拒絶してるような違和感があるんだよね。
いつも任務に行くときとかも我愛羅がさっさと一人で出ていっちゃうのを見るし、
テマリ達もテマリ達で我愛羅のことを話すことはまったく無いしなあ...。

それに..忍のことも実は詳しくわからない。
どんな任務をするのとか、武器とか、....この話題については我愛羅達だけじゃなくて、
ここの人達みんなから隔離されている気がする。わたしはよそ者だし、わざわざ
知る権利もないかもだけど...。不自然に隠されているような、変な感じがするんだよね。

そう考えつつ、ねこはまた仕事に没頭し始めた。






「中忍試験?」


「ああ...7月1日から木の葉の里で行われる。」
我愛羅はそう答えた。

今日、仕事を終えたねこは、我愛羅に呼び出された。
話がある、と言われ屋上にきている。

我愛羅たちが下忍だということは知っていたけど、こんな唐突に
中忍試験があるとはまったく知らなかった...。

「そうなんだ...もうすくだね。我愛羅たち、いつ行っちゃうの?」
ねこはそう尋ねる。今日は6月22日だ。

「木の葉には明後日出発する...。」

「...そっか、試験期間はどれくらいかかるの?」

「詳しくは分からないが...2ヶ月ぐらいはかかるだろう。」

2ヶ月...

ねこはショックだった。人によってはあっという間かもしれないが、
我愛羅達と会うのを楽しみにしていたねこにとっては、衝撃だった。

「そ..か...中忍の試験だもんね。」

ねこはよわよわしく微笑む。
夕暮れ時の空が、砂の造形をキラキラと照らす。生暖かい風が2人をゆったりと包む。
我愛羅はねこをじっと見ている。

「でも...やっぱり..我愛羅、居なくなっちゃうのは、寂しいな...」
こんなこと言っちゃ駄目だよね!、とねこはあはは..と笑う。
でもやはり、シュンとしてしまう。ねこはぎこちなく、周りの景色に目を向けた。

ぽん、

我愛羅がねこの頭に手をのせた。ねこはびっくりして我愛羅を見つめた。

「すぐ戻る...それまでの辛抱だ...」

「うん...ありがとう、我愛羅。」
えへへ、とねこは笑う。
ねこは、我愛羅なりの気遣いが嬉しかった。

「合格したら、我愛羅の好きな砂肝料理いっぱい作るね!」

嬉しそうに話すねこ。我愛羅はそんなねこを静かに見つめている。
その顔は、普段の我愛羅からは想像もつかないほど穏やかな表情にも見えた。


中忍試験まで、あともう少し。
我愛羅達がいない間、仕事を完璧にマスターしよう!
そう意気込むねこ。


しかし、運命の流れは誰にも気づかれる事無く、深く渦巻いてゆく。