砂隠れ本部では、「受付のねこ」のことがささやかな噂となっていた。
CAT LADY
ねこが来てからまだ1週間も過ぎてはいないが、ねこのことは噂になっていた。
なんでも、『見目麗しい女性だが、話すとまるで本物の猫のように可愛らしい。』
という噂らしい。本部では忍がほとんどと言ってもいいぐらいの人数を占めている。
その中で、受付として普通の女性がいる事自体今まで無かったことが、余計に
注目を集めたらしい。
白い肌に華奢な身体、柔らかい栗色の髪のねこが微笑む様子は、まるで白い毛並みを
もったふわふわの子猫のような雰囲気をかもしだしていた。
事実、そんなねこを見ているだけで、微笑ましい気分になれたし、ねこの周りだけ
花が咲いているかのような、ぱっとした華やかな空気さえ流れていた。
それは、どこかもの寂しく、時に殺伐としたような本部の空気とはまったく
異なるもので、受付にねこがいるだけで、目に見えない流れが変わった気さえする。
*
受付をしていると、『額あて』という里ごとによって違う忍の証を、忍の人が
つけているのをよく見る。それを見ているだけで「あ、この人はここの里の人なんだ。」と
わかるのが、楽しい。ここの国の人は全然珍しくもなんともないと思っているらしいけど、
私にとっては『忍』という未知の職業に興味津々だった。
仕事を教えてもらった日から2、3日は内容を覚えたりするだけで手一杯で
人の顔を覚えることもままならなかったけれど、4日目の今日ぐらいになってようやく
少し余裕が出てきました...とはいってもまだまだ未熟なんだけどね。
でも、本部の人がちょくちょく話しかけてくれたり挨拶してくれるように
なったのはとても嬉しい。頑張っていろんな人のお名前を覚えようと思う。
我愛羅や、カンクロウとテマリ(なんと呼び捨てOKしてくれた!嬉しい。)は任務や、
それ以外の日は訓練したりと、なかなか同じ建物内に住んでいるとはいえ、接する時間が
まったく無い日もあって、ちょっと寂しい。でもみんな私とは比べ物にならないくらい毎日とても
頑張っているのだから、そんな子供じみたこと、言うなんておこがましいよね。
ねこは来客者の名簿をまとめ終え、トントンと書類を縦にして揃え、ふう...とため息をついた。
「あ、もうそろそろお昼だわ!ねこちゃん。お昼食べて休憩してらっしゃいな。」
キクノさんはそういって私の背をポン、と叩いた。
時計を見るともうすでに12時を少しまわっていた。
「はいっ。お先すみません。それでは行ってまいります〜。」
そうキクノさんに言い、私はお昼を食べに向かった。
方向音痴のわたしだけど、なんとか建物内の大まかな位置はわかるようになりました。
食堂に行き、お昼(今日はとってもおいしいカレー!)をとった後、食堂のおばさんたちの
洗い物のお手伝いを少しして、建物内を一人で探検してみることにしました。
食堂のおばさんたちにもらったレモン味のアメ玉をなめつつ、広い廊下を歩く。
途中でねこは、あまり使われていない北側のお手洗いに向かった。
個室に入り、用を済まして外へ出ようと思った時、誰かが入ってくる気配がした。
どうやら、くの一が2人入ってきたらしい。
「はぁーっ...最近イライラすることばっかりだわ!」
1人が大きな声でそう言う。
「...あら、どうして?」
含み笑いをしながら、もう1人がそう尋ねる。
「どうしてもこうしても、全部よ!..任務はミスするし。....おまけに。」
ねこはドアノブに手をかけて出ようとした。
続けて女は言う。
「あのねことかいう女、一体何なの?!」
ビクッ!
こんなところで自分の名前が出るとは思わなかったねこは、思わず身を堅くした。
「...さぁね。私だってあんな女が何故ココにいるのか理解できないわよ。」
「たかが非力の凡人風情が...風影様ご子息とも縁があるのよ?!信じられる?」
心臓が、ドクドクと高鳴る。
「上官にでも”ご奉公”してるんじゃなくて?...クスクス」
何を言ってるの...?嫌だ..気持ち悪い..吐きそうな感覚....
「どちらにせよ目障りだわ。はやく消えてくれればいいんだけどね。」
!
ねこは思わず片手でギュっと胸の辺りをつかむ。
「そうね...さ、そろそろ行きましょ。ここ陰気くさくて嫌だわ。」
そう言って2人はトイレから出て行く。笑い声と共に足音がどんどん遠くなり、やがて聞こえなくなる。
ねこはドアノブをつかんだまま、その場から動くことが出来なかった。
心臓が、ドックン..ドックンと鳴り続ける。
頭が真っ白になる。言葉が、笑い声が、鋭い刃物となってねこを貫く。
仕事...戻らなきゃ...
ねこはゆっくりと、ドアを開けてふらふらとした足取りでトイレから出る。
こんなこと...気にするな...陰口なんて、気にするな...。
自分に必死に言い聞かせる。
自分の陰口を目の前で言われるのって..こんなにも心が痛いんだ。
ダメ..こんなとこでくじけるんじゃない...がんばれ、わたし。
「はは...でも、やっぱり辛いや...いたい、よ...」
ぽた
涙が、廊下に落ちる。
せきをきったように、ぽろぽろと涙がこぼれた。
静かで物音一つしない廊下。だからこそ誰にも涙を見られることはないだろう、とねこは思った。
急いで小走りで受付に戻ろうとするねこ。
でも視界がにじんでしまう。
どうしても涙が次々と溢れて止まってくれない。
嗚咽をかみ殺し、くちびるをかむが、それでも涙が止まらない。
泣いたらだめ、くやしいもの...つよくなれ、つよくなれ...
ドン!
一瞬だった。
下向きがちに進んでいたねこは、廊下のまがり角で誰かとぶつかってしまった。
ねこはあせった。こんな顔誰にも見せられない...!
でもぶつかった拍子に思わず顔を上げてしまったのだ。
瞬間、
ねこはぶつかった人物と目が合った。
この人は...誰だろう。そんなことを思わず一瞬考えてしまった。
ねこは顔を頭の巻き布で半分覆った男性とぶつかった。
この時、ねこはまさかこの男性が我愛羅たちの先生である、バキであることには気づかなかった。
ねこはハッとすると、とぎれとぎれに言った。
「ごめ..なさ...し、しつれい..します。」
ねこは急いで下を向いて、通り過ぎようとする。
その時だった。ねこの動きは遮られた。
ねこの腕が、バキによって掴まれたからだ。
「...どう、した?」
たったそれだけ。
それだけなのに、ねこは大声をあげて子供のように泣いてしまいたいとさえ思った。
ぶつかったときのバキの顔は、ひどく驚きに満ちた表情で。私はこんな自分の姿を
見られてしまったことに、とてもやり切れない気持ちと羞恥を感じていた。
「なっなんでも..ないんです!...だから..ごめん..なさい..」
自分が何に対して謝っているのかもわからない。それぐらいねこは混乱していた。
またバキと視線があってしまう。まっすぐに自分を見る視線から目を離すことが出来ない。
『なんでもない』と言っているのに涙がまたひとすじ、頬をすべる。
そんな私を見て、男の人は一瞬私の腕を掴む手が緩んだ。
私はその隙を見逃さず、なるべく力を入れないようにして手をふりほどいて走って逃げた。
後ろなんか一度も見ず、わき目もふらず、ただ一心不乱に走った。
自分の部屋に急いで戻り、鍵をかけた。ようやく安心して座り込む。
ぜえぜえと、肩で息をする。苦しくてたまらない。
でも、それ以上に先ほどの事の方が、比べ物にならないくらい、苦しかった。
くの一の会話が、勝手に頭の中でリピートされる。
『はやく消えてくれればいいんだけどね。』
「っ!!」
吐き気がこみ上げる。すばやく両手を口に当てる。
ねこは備え付けの小さな洗面台に急いで向かった。
「うっ..!!げほっげほ....!っ...!」
笑い声が、声が、離れない。気持ち悪い。頭が痛い。
ふかい、やみ。
やみに、つかまれるまえに、だれ、か。
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