まいごの まいごの こねこさん。
CAT LADY
これはもしかしたら夢かもしれないと思い、ベタにほっぺをつねっても痛みしか残らない。
しかもあんなに大きなバスが消えていた。どういうことでしょう。
周りを見渡しても砂漠以外何も見えない。それにまだ夜だから真っ暗。
ドッキリ...ではないよね。こんな大掛かりなセットあるわけないわよね。
実は鳥取砂丘でした、とか...こんな短時間で行けるわけがないし...。
警察に連絡しようとも携帯は圏外だもんね...一体如何したものやら。
...砂漠ってこんなに静かなんだ。静かすぎて耳がキーンと耳鳴りする。
「とりあえず...夜が明けないとどうしようもないわ...。」
ぽつりと呟く。その声は広い砂漠に吸い込まれるように消える。
なんだかあたしの存在もこの広い砂漠に吸い込まれるようにして消えるんじゃないかと
思うと、気が狂いそうになるくらい不安で居てもたってもいられなくなってしまう。
この世界にあたし、一人ぼっちかもしれない。誰もいなかったりしてね。
こわい。さむい。さびしい。
「うー...おかあさーん...おとうさーん..こわいよぉ...」
じゃがみこんで手で顔を覆う。
ぽろぽろと勝手に涙が落ちる。そのしずくは砂漠に吸い込まれる。
「何をしている」
突然だった。背後から声が聞こえた。びっくりして振り返ると、姿こそ真っ暗で見えないけど
誰かいることはわかった。
「あの...気づいたら..ここ、にいて...ここがどこかも..わからなくて..こわくて....」
涙声で途切れ途切れながらも返事をした。支離破滅なことばかもしれないけど
今のあたしには精一杯だった。
「........」
姿の見えない人は黙っている。暗闇だがなんとなく見られているような気がする。
しばらくすると、姿の見えない人はまた質問をした。
「お前はどこの里のものだ?砂の国のものではないな...。」
里ってなんだろう...?
「あの...ごめんなさい..里、ってなんですか...?あ、私..ひとりぼっちで行くあてもないんです...」
またまた姿の見えない人は黙ってしまった。知らないことばっかりで呆れられてるのかもしれない。
とにかく、怪しいと思われてること確実だと思う。
「お前...名前は?」
「猫梨 鈴です。...あ、どうぞねこって呼んで下さい。」
ついどうでもいい余計なことまで言ってしまった。
「...俺の名は我愛羅。ついてこい。」
「あっ...はい!」
我愛羅さんはそう言うとどんどん進んでいく。暗闇の中、おまけにヒールの高いサンダルを
履いてるあたしにとってついていくのも精一杯だ。しかもサンダル内に砂がいっぱい入ってくる。
「きゃっ!!」
案の定ヒールが砂にはまってボスンと砂の上に転倒した。
痛くはないけど恥ずかしいし砂まみれだし。もういっそ消えてしまいたい...!
「...何をやっている。」
もう私めのことは気にせず何もみなかったことにして下さい。心の中で思った。
すると、次の瞬間妙な浮遊感が。何かに体を持ち上げられている。
これは....砂?!
そんな私の様子を見て、こう言った。
「このままだと日が昇るまで時間がかかる。少し我慢しろ。」
「はい...むしろすみません。それにしても、この砂すごいですねー!どうなってるんでしょう?」
きゃっきゃとしながらのんきに言うねこ。
我愛羅はそんなねこに内心動じながらも、こう言った。
「砂は...俺の半身、いや...命のようなものだ。」
「はぁ...そうなんですか..!」
この時ねこは、我愛羅は砂のパフォーマンサーや砂職人のようなものだと思い込んでいた。
*
なんだかバイクに乗ってるようにビュンビュン移動している。
これは人間の成せる技なのかとも疑問に思うねこだったが、別世界に迷い込んだねこにとって
信じられなくもなかったし、身をもって体感しているのだから否定などできなかった。
いやぁ、世の中にはすごい人もいるもんだなぁ、と的外れなことを考えていた。
それにしてもこの砂の仕組みはどうなっているんだろう....とも考えていた。
そんなこんなであっという間に目的地に到着したらしい。
まだ外は真っ暗だが、なんだかとても巨大な集落のような場所であることはわかった。
その中でも、とりわけ大きい建物の中に入る。
そこでようやくねこは降ろされた。我愛羅にお礼を言いつつついていく。
とある部屋に案内され、中に入る。こじんまりした部屋だが、綺麗な部屋だった。
「とりあえず、行く当てが見つかるまでここを使え。」
ぶっきらぼうだが、こんな身分もわからない怪しい女に部屋まで与えてくれた我愛羅に
ねこは涙が出そうな程、感激していた。
「っ!ありがとうございますっ!!!嬉しい...、ほんとに感謝しきれないです!」
「...礼を言うほどではない。とりあえず今は休め。まだ外は暗い。夜が明けたらまた来る。」
「はい!..それではお休みなさい..。」
バタンと扉が閉じられる。
ねこは部屋をくわしく見てみた。ベッドと小さい棚と、壁には鏡がかかっている。大きな窓もついている。
初めて会った人が我愛羅さんで良かった...もし違う人だったら警察のようなところに
突き出されて尋問とかされてたかもしれない。色々な意味でとっても危ない状況だったよね..。
ここがどこかもまだわからないし、きっとここは私の知っている世界とは異なるかもしれない。
でもここでめげちゃせっかくの我愛羅さんの好意を踏みにじることにもなるもの。
「とにかく、がんばろう...!」
小さくオー、と掛け声をだして自分を勇気づけるねこ。
しかし、色々な事の連続で、すっかり体は疲労に満ちていて、体がベッドに吸い取られるようにして
ねこは深い眠りについた。
まいごの まいごの こねこさん。 あなたの おうちは どこですか。
*
次に目覚めたときはもうすっかり夜が明けて、窓から光が降りそそいだ。
ふわぁ、とあくびをしてのびをしながらねこは外を見た。
やっぱりこれは夢じゃないのね...考えてみれば昨日は信じられないことの連続だったわ。
そうしみじみ思いつつ、鏡で髪をとかして身なりを軽く整えた。
「うわぁ...昨日砂漠で泣いたからメイクがくずれまくり...。」
メイク直さなきゃ。どこであろうが身だしなみには気合を入れるねこ。
えーと..バッグにポーチがあるはず....お、あった!
ついでにバックに何があるか見直してみる。このバックがねこのすべてだ。
携帯、お財布、メイク用ポーチ、携帯用メイク落とし、くし、手帳、日焼け止め...
生活するには足りないものだらけだけど、まぁなるようになるかな...もっといっぱいつめてくるんだった。
メイクを直し、ねこは満足しつつ砂漠でバサバサになった髪を見た。
そうだ!お団子にしよう...さっそく髪をまとめてくしを使いつつ頭のてっぺんにお団子を作る。
ねこの髪はセミロングより少し長いくらいでゆるいパーマをかけている。
「くしが...髪がギシギシで..通らない...アイタタタタ..!ひっかかる〜」
そんな具合にひとりで悪戦苦闘しつつもお団子を完成させた。
我ながら良い出来!よし、これで身だしなみはオッケーね。
一通りやることを終えて、手持ち無沙汰になったねこはぼーっとするしかない。
勝手に部屋を出るのも気が引けるしな...とりあえず我愛羅さんがくるのを待とう...。
そういえばあたし..我愛羅さんの姿、ちゃんと見るのははじめてだ。
すると、ちょうど良くコンコンとノックの音が聞こえた。
「はーい」
そう言いながらねこはドアをかちゃりと開けた。
そこには赤髪の少年が立っていた。
ねこはその奇抜な見た目に一瞬目を奪われたものの、直感で我愛羅さんだとわかった。
「あ..おはようございます。えと、我愛羅さん?」
「ああ。お前がここに住む許可はとった。ここはこの砂の国の中心のような所だ。」
「あ、ありがとうございます!...でも、私なんかがこんな大切な場所に住んでもいいんですか?」
「別に問題はない。」
「でもやっぱり悪いです!何か雑用でも何でもお手伝いさせて下さい!」
「......どうしてもやるつもりならば、今から受付で人手不足の仕事を聞きに行くか?」
「はい!ぜひぜひ!」
ということで、我愛羅さんについていき、お仕事を探すことになった。
建物の中を歩けるのも嬉しかったし、少しワクワクもしていた。
それにしても...我愛羅さんって個性的だなぁ...後姿を見ながらそう思った。
こちらの国の人たちは、わたしがいた所の世界の常識とはきっとまったく違うのね。
郷に入れば郷に従え、...よね。
建物の中はものすごく広くて、さすが国の中心だと感心しながらキョロキョロと見回すだけだった。
途中に人とすれ違った。またまた変わった服装の男の人。男の人は我愛羅さんに挨拶をした。
「おはようございます、我愛羅様。」
我愛羅さんは一瞥もせず、無視して通り過ぎる。妙な違和感と空気に疑問を抱く。
「あの..我愛羅さんって、もしかしてとても偉い人..?」
思わず心の声が表に出てしまい、しまったと思った。
「ふん...形だけだ。」
忌々しそうに、まるではき捨てるかのように言うさまは、気になってしかたなかった。
何が形だけなのか、その時はその意味さえわからなかった。
男の人は物珍しそうに、驚いたように私を見つめた。視線を感じてとても気まずい。
そんなことが何回かあって、私はほんとうにここにいていいのかしら、と思った。
途中お手洗い等の場所を教えてもらいつつ、ようやく一階にある受付についた。
受付はおばさんが一人いるだけで、他に誰もいない。おばさんは我愛羅さんに気づくと、
あせったように「おはようございます、我愛羅様。」と言った。
なんだろう...この違和感。さっきからなんか嫌な空気というか...変なかんじ。
我愛羅はまったく気にせず、「何か余っている仕事はないか。」と聞いた。
おばさんは私をじろじろ見て、「このお嬢さんが?」という視線を向けた。
ねこはそんな様子を見てこう言った。
「あっ、私しばらくここでお世話になります。猫梨といいます。
お仕事を何かさせて頂ければ...と思いこちらにお伺いにきたのですが...。」
おろおろしつつも伝えたい趣旨は言った。我愛羅さんの物言いだと少し言葉足らずだ。
「あら、そうなの...私はキクノよ、よろしくねお嬢さん。...そうねぇ、仕事..。
そうだわ!今私一人で受付やっていて何かと忙しいから補佐をやってくれない?
結構大変かもしれないけど....どうかしら?」
「ぜひやらして下さい!一生懸命がんばります!よろしくおねがいします。」
ねこは丁寧にお辞儀した。こんなに早く仕事が決まったのも我愛羅さんのおかげだわ。
「じゃぁさっそく今からできる?いろいろ教えることもあるからね。」
「あっはい。」
そう答えて私は我愛羅さんの方に向き直った。
「ありがとうございます!ほんとにお礼してもし尽くせないです...!」
「...良かったな。俺は任務があるから行く。」
任務って何だろう、と思ったけど深く考えないことにした。
「はい、いってらっしゃい!」
我愛羅さんは外に出て行く...ふと、何かを思い出したように立ち止まる。
「...ねこ。」
とてもびっくりした。
直後、我愛羅さんに初めてねこと呼んでくれた嬉しさで、すぐに頬がゆるんでしまった。
「どうしました?我愛羅さん。」
「”さん”はやめろ...我愛羅でいい...それだけだ。」
一瞬ぽかんとなってしまう。でもすぐにじわじわと喜びの感情が胸を満たす。
「はいっ!」
思わず満面の笑みになる。私は嬉しくてたまらない子供のような気持ちだった。
この世界で今日も頑張ろう、そう思えた。
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