5秒前




、さっさと起きなさい。」

そう言って、お母さんに布団をはぎ取られた。
眠い。低血圧な自分には早起きというのはこたえるもので、
起きるのに30分はかかってしまう。

「ねむいー、休日なんだから寝かせてよ....」
うつ伏せになりながら言う。

「何言ってるの。もうお昼よ。今日は、はがねさん達と一緒に
 ご飯食べにいくって約束だったでしょう?」
その言葉に、私は一瞬固まった。

や、やばい...。すっかり忘れてた。昨日のことで頭が一杯一杯だった
からとはいえ、とんだ失態だ。

「お母さん、今日は出かける用事があるからお母さん達だけで行って。」

お母さんは私の言葉を聞いて、キッと睨みつける。
「だーめ!いっつもそうやって行かないじゃない!今日は長男のコテツくん
 だってわざわざ忙しい間をぬって来てくれるのよ。ちゃんと行きなさい!」

その言葉にさらにゲッとなった。
はがねコテツ。この人物こそが、私が前述したように、かつてのイトコのお兄さん
である。それを今更会ってどうしろというのか。

「もうそろそろ行くから早く支度しなさい。」

「はいはい。わーかりましたよっと。」
背中を押して母を部屋から押し出して鍵をかけた。

母が用意した服をすばやく着る。
黒いカシュクールワンピースに身を包み、軽く身だしなみを整える。

ちなみに私はご飯を食べに行く気などさらさらない。

「よし...」

窓を静かに開ける。人一人分通れる隙間だ。
静かに窓のふちに手をかけ、一気にスルッと外へ出る。
そして窓を閉めると、家の裏側にまわる。

もちろん裸足である。でも今そんなことに構っていられない。
裏口にサンダルを置いてあるはずだ。そう思い、裏口を見る。

「......無い。」

サンダルがあったはずなんだけど....そこには何も無い。
どうやら母が出しっぱなしだと勘違いして、片付けてしまったらしい。

「しょーがない....」

このまま引き返してご飯に行くのは絶対嫌だ。何もそこまでしなくても、と
思う人もいると思うけど、私は死ぬほどはがねコテツと顔を合わせたくなかった。

裸足で走り出す私。もうヤケである。
あぁお財布もってくれば良かった、ことごとく運が無い。
とりあえず人目がつかない所に行こう。

小石が足に刺さりまくりである。あいたたたっいたいっ!
ええい、もはや恥もプライドも捨ててやるわ!ふはは!

頭が大分壊れている。わかっている、これは現実逃避である。

なるべく人に会わないように、そーっと行くのがコツだ。
大丈夫、まだ誰にも出くわしていない。いけるよ
もう完璧にかわいそうな人になりつつ、慎重に進む。

後方にも十分注意して、追手(お母さんという名の)がいないか確認する。

その時。


ザク


「っ―――― !!ぎゃああ痛っ!!」
前方を見ていなかったのが悪かった。

とがった石が足にHITした。足の裏を見ると血がダラダラと出ている。
どうしよう、これは真面目にマズイ気がする。

本当にどうしよう、せめて包帯的なものがあれば良いんだけど。
辺りを見回しても何もない。傷口に汚れた土が入ると酷いことになる。

「もう――....ケンケンで行くしかない....」

いっそほふく前進で行く?やめとこう本気で捕まる。
しょうがなくケンケンで進む。壁に手をつきながら頑張って行く。
片足で体重を支えるのはキツイ。ふくらはぎがすぐに痛くなってつりそうになる。
ハァハァと立ち止まって息をつく。傷口がズキンズキンと痛む。

ほんと...なにやってんだ私は。馬鹿か。

自分自身に呆れる。自嘲のような感情がこみあげてくる。
何から逃げているんだ。

コンプレックスのかたまりみたいな自分の性格を、
周りのせいにして、正当化しているだけじゃないのか。

イトコ達に会いたくないのだって、そうだ。
自分に引け目を感じて、才能の差とか容姿だとか、
それによって傷つくことを恐れてばっかりで逃げている。
いい年こいてほんと恥ずかしい。

血が地面に垂れる。ジクジクと体に響く。

「...なっさけな....自業自得....」

そう言った私は、壁にもたれてズルズルと崩れていく。

パタ。

皮膚に水滴がつく。次第に水滴の量が増える。
5分もたたない内に、ザアアァァ、と本降りになる。

どんどん体を濡らして、体温が下がっていく。

足元が、血だか水だかが混ざって赤い水溜りができる。


浮遊感。

一瞬何が起こったのか分からなかった。
気がつくと飛段の腕に支えられて持ち上げられていた。

「え、飛段..?」

なんで、どうしてここにいるのだろう。私なんてどうでもいいはずなのに。

「オイ...何があった。」

息が軽く乱れている飛段。目が真剣で視線を外せない。

「何って......。」

あまり話したくない。というより知られたくない。

「....取りあえず詳しいことは後で聞くから行くぞ。」

「行くってどこに...?」

私の質問には答えずにビュンビュンと屋根づたいに飛んでいく。
あっという間に一つの建物の中について、入る。

どうやらここは、飛段の滞在している宿らしい。
細長い通路の、ある一室に連れて行かれると、ベッドに下ろされる。
何が何だかわからぬままに、テキパキと足に包帯を巻かれていく。
見た目によらず随分と手馴れた手つきで感心した。

凶悪犯罪者が、私の怪我を手当てしているなんて、不思議な気分だ。
飛段がしゃがみながら私の足の怪我の手当てをするところを
座りながらぼーっと見ていると、とても違和を感じる。

包帯を巻き終えると、バスタオルのようなものを持ってきて
私に渡した。私はお礼を言って雨に濡れた体に巻きつけた。

飛段が無言で、居心地が悪いというか気まずい。
なんでこんなに押し黙っているのだろう。

「飛段、ありがとね!...何か色々迷惑掛けちゃってごめんね。」

気まずさを覆い隠すように私は続ける。

「あ!別に私が怪我したのだって別にたいしたことじゃないからね。
 ほんと私がただ馬鹿しただけだから...ほんと私って馬鹿だよねー...」

アハハ、と乾いた笑みを精一杯浮かべるが飛段は何も喋らない。
呆れられてるのか、軽侮の目で見られてるのか。
沈黙という重圧が、痛い。

「色んなことに逃げてばっかりだから、こんな目に合うのも自業自得だよね。
 飛段が呆れるのも無理ない―――― 」

言葉は途中で途切れた。

次に瞬きをした時、正面に飛段の顔があって、私はベッドに倒れていた。
飛段のネックレスが、私の首に触れそうな、近さ。

飛段の真剣な目が、私を、離さない。

、何でそんな辛そうな顔してる。」

「な、にいって...」

そんな、私、笑ってるはず、なのに。

「何で自分をそんなに卑下して追い込んでんだよ。」

なんで。なんでそんなこと言うの。

だって私、何も誇れる所、ない。

それは、卑下でも諦めでもない、真実だよ

「追い込んでなんか、ない...!どいてよ、飛段...」

飛段の肩を手で押し出すが、ビクともしない。
逃がして、くれない。どこまでも、見透かされるようで怖い。

「離して、...わたし、辛いなんて思ってない、から、」

鼻声になる、なぜか泣きそうになる。
泣きたくない。こんな人前で、泣きたくない。

「もぉ...なんで、....離してよぉ...」

ついに涙が、こめかみを伝ってベッドのシーツにこぼれた。
今まで、他人の前では絶対泣かなかったのに、どうして。

「あ、...なん..で泣いてんだろ、わた、し....っ...」

目の前が真っ暗になる。


何が起こったのか、まばたきもできない。

そして、私が飛段に抱きしめているんだとようやく理解した。

「離すワケ、ねぇだろがよ」

飛段は、少し苦しそうな、それでいて力強く言った。
息遣いとともに、飛段の香りに、息さえ、できないような気がした。



「言ったろ...オメェはオレの女だ。」





(嗚呼!呼吸さえ、貴方の全てに呑み込まれ、できない。)