5秒前




私って、なんてさえない女。


とびっきりの美人とか、思わず振り返って見ちゃうようなセクシーなナイスバディとか、
誰からも愛されるような天然な性格とか、そういうものにずっと憧れてきたけど、大きくなって
分別がつくようになってくると、あぁ、自分には何一つ手に入らないものなのだと悟った。

だからといって何も努力しなかったわけでもなく、頑張ってダイエットしたりメイクしたり、
かわいいお洋服とかネイルとかヘアスタイルとか、自分なりに研究してみたりしたけど、まったく
それが何になったというのだろう。結局ただの気休め程度にしかならなかった。
美人になるわけでもなし、ぺたんこバストが大きくなるわけでもなし、ましてや性格なんて
どんどん醜くなっていくような気がして恐かった。

努力すればするほど空回りしていく。

誰だろう。『努力すればいつか絶対実を結ぶ。』なんてほざいた馬鹿者は。
そんな道理がほんとうにあったのなら、この世界上に道を踏み外す人間は一人も
いないんじゃないかと思う。

ダイエットしてるのに、ちっとも痩せやしない。なのに少しでも食べたらすぐ太る。
太ることはこんなにも簡単なのに、痩せることはなんて難しいのだろう。
空腹で思わずイライラする。

このまま家にいるのも毒だ。少し外に出よう。たまには陽の光も浴びないと。
のそのそと立ち上がり、玄関のドアをギィ、と開けて外に出る。
台所でお母さんが洗い物をしている音が聞こえる。
ドアを開けると、まるでサウナに入ったようにムワっとした空気に包まれる。
暑い。きもちわるい。今まで涼しい部屋の中に居たからより一層キツイ。

余計イライラが増して、舌打ちをして日陰を探す。
近所の公園のベンチを見つけてそこに腰を下ろす。日陰で少しは涼しい。
公園で忍者アカデミーの子が走り回って遊んでいる。ギャーギャーとうるさい。

子供は正直好きじゃない。特にアカデミーの子は。
そもそも忍という存在自体好きじゃない。極力近づかない。
イトコのお兄さんに幼い頃ベッタリだったけど、そのお兄さんが下忍になって
木の葉の額あてをつける姿を見た瞬間、わたしの中で何かがすっと冷めた。
それ以来イトコの家に一度も行かないし、イトコの家族が自分の家に来るときは
何かと理由をつけて外出している。もう何年も顔さえ合わせていない。

何でそこまで嫌いなのかと問われても、そこまで嫌悪するに値するもっともな理由はない。
ただ、どこかで自分は妬んでいるのかもしれない。遠い存在の忍を。

「あー...心が醜いなぁ...自分」

自分でも自分の性格の悪さは重々承知だ。
でもますます心が荒んでいく自分自身に歯止めが利かなくなってるのも事実だ。

ふぅ、とため息をついて立ちあがる。空腹と暑さで軽くめまいがする。

もうそろそろ3時を過ぎて、涼しくなってもいい頃なのだが。
私は以前偶然見つけた人気の無い林へと向かった。
裏路地を抜けると、それまでの喧騒が嘘のように静まり返る。
子供の声、商店街のおばさんの大声、人の話し声...それらすべてが
切り離されたようにパッタリと途切れる。

林につくと、散歩がてら少し歩く。
この誰も居ない空間が好きで、息苦しい水中で呼吸をようやくできる
ように、この林は私にとってのオアシス的存在だった。

深呼吸をして辺りを見渡すと、なんだろうか、棒のようなものが見えた。
なんだろう、と疑問に思い、近づく。

近くまで行き、驚愕した。

人が倒れている。しかも大きな刃物が身体のど真ん中に刺さっている。
ピクリとも動かない人の周りには、円形の陣のような模様がかかれている。

今まで生きてきて、死体とか目にする機会なんてないおちゃらけた私の脳には
この光景はショックがありすぎた。
とりあえず誰か人を呼ばないと、と思うのだが、身体が強張って動けない。

倒れている人はどうやらまだ若い男の人のようだ。眠っているようだ。
私はあとずさりして、助けを呼びに行こうとした。

「おい、まてよ女。」

!?

心臓が飛び出る。

そのような表現が今、まさにピッタリだろう。
何で死体が喋ってるんだとか、女ってどうしてわかったとか
一瞬ぐるぐると考えてしまったけど、すぐにあることに気づいた。

この男、忍者だ!

しまった、と思った。そもそもこんな突飛な事件9割方忍絡みであることは
冷静に考えればすぐ理解できることで、ただの凡人である私が関与すべき
ことではないのだ。どうしてすぐに逃げなかったんだ、私は!
気づくのが遅すぎた。

「儀式の最中にやって来るたァ、いい度胸じゃねぇか女ァ。」

「し、失礼しました。それではわたしはすぐに消え失せますので。
 ちなみにこのことは口外致しませんのでご安心を。それでは。」

震える声を抑え、こう言ってすぐさま逃げ出す私。

と、思ったのに。

背後に寝ていたはずの男が今、目の前にいる。

THE END

頭にその文字が浮かんだ。
終わった。儚い人生だった。

まぁ別にこれから生きていても、腐った生活をずるずると送っていくだけだと思うので、
ここでその悪循環を断つのも案外良いかもしれないな、とどこか冷静に考えている自分がいた。

もはや諦め。死ぬならせめて一瞬がいい。
男の顔を静かに見る。

男はオールバックの銀髪だ。顔は整っていて、首には抜け忍で
あることをあらわす額あてがある。
私の苦手なタイプだ。

よりにもよって抜け忍なんて...自分もほとほと運がない。
50メートル9秒台の自分の運動能力では抵抗したとて何になろうか。

男の手が伸びる。

私は思わず目を閉じる。

ビシッ

「ったっ!」

思わず声が漏れた。

私はわけがわからなかった。あろうことか頭にチョップをされただけだ。
拍子抜けして男を思わず凝視する。

「馬鹿か。オレは凶悪犯罪者でも無害な一般人をいちいち殺ったりしねえよ。」

男は続ける。

「まァ...」

「お前がチクるってんでも言うなら話は別だけどな...」
男は顔を近づけて低い声でささやく。

別に私は忍じゃないし殺気どーのこーのとは無関係だが、それでも
この男から発せられる絶対的な重圧と脅しは私をゾっとさせるに十分だった。

「....墓までもっていきます。」
思わずそう言った。

男は満足そうに少し頷くと、鎖鎌のような刃が3つもついた禍々しい凶器を持ち替える。

この男はヤバイ。絶対ビンゴブックに載っている自信がある。嫌な自信だが。
なんとか生かされてるけど、気まぐれに殺される可能性も高い。
一秒でも、後生でもいいから早くここから離れたい。

「では、わたしはこれにて帰ら....」
私のことばは最後まで続けることができなかった。

「まて。女、手を出せ。」
拒否権というのは存在しない。おとなしく手を出す。
すると、男はクナイで私の人差し指の先を軽く切った。

ピリっとした痛みが指先に走る。大して痛みはないが恐ろしい。

プツ、と血が浮き出てくる。

「目をつむれ。」

男が言い、言われるがまま素直に従う。
10秒も経たないうちに男はもういい、と言った。

「お前にある呪いの術をかけた。これでおまえがもし誰かにチクることがあれば、
 いつでもどこでもお前を殺せるってわけだ。」

一瞬頭が真っ白になった。

が、私は元々忍にチクる気などないし、チクりたいとも思っていない。
これでこれから先、私を殺すも生かすもこの男次第になってしまった。、
が、要は下手な真似をしなければ良いということだ。

殺されるよりかは幾分マシかとも思った。

「女」
いきなり呼ばれる。

「はい。」

「名前は何だ。」

 です。」
男はそうか、と言う。


「オレは飛段。不死身の飛段だ。」
巨大な鎖鎌を肩にかけて、ニヤリ、と不敵に笑いながらそう言った。

それが、この凶悪犯、飛段との出会いだった。




(現実ってなんて残酷だろう。さえない女のさえない日常は、  こんなにもたやすく壊されてしまった!)